 |  | >京都府立医科大学医学部などが中期日程ならば多くの受験生が集まると予想できます。 その通りです。 実際、昭和35年ごろの京都府立医科大学医学部医学科の入試は、1期校と2期校との間であったため、多くの受験生を集めていました。 「入試期日が国立の1期と2期校との間であるため, 志願者は80名の定員に対し, 毎年2000名近い数となって, なかなかの激戦である。」 ↑ 昭和36年の京都府立医科大学受験生向けの赤本(教学社)に載っていた京都府立医科大学の『大学案内』の『競争率・合否の目安』 >なぜ中期日程にしないのでしょうか? 他大学から蹴られることを嫌うからでしょう。 実際、昭和35年の京都府立医科大学では、第88番目の合格者の得点率は66.3%でしたが、他大学からけられることを想定して、かなり下位まで合格者としていて 入学者の最低の得点率は64.5%でした。 ↑ 88名入学 「合否の目安 配点は数学・理科・外国語各200点, 計600点満点。合格者の最高点は516(535), 入学者の最高は486(522), 最低387(432)であった(昨年の成績)。他大学との併願の関係から88名の入学者を決めるのにかなり下位まで採用しているようであって, 88番目の成績は398点であった由である。」 ↑ 昭和36年の京都府立医科大学受験生向けの赤本(教学社)に載っていた京都府立医科大学の『大学案内』の『競争率・合否の目安』 【昭和35年の京都府立医科大学の入試統計】 合格者最高点:516点(600点満点。得点率:86.0%) 入学者最高点:486点(600点満点。得点率:81.0%) 第88番目の合格者の点数:398点(600点満点。得点率:66.3%) 入学者最低点:387点(600点満点。得点率:64.5%) |
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